手作りの未来 1



 自分は多趣味だ。そう自覚している。
 そう言うと子供はあからさまに顔をしかめた。

「ばっか、そりゃお前ちげーよ。お前のは変わり者っつーんだ」
「あなたにだけは言われたくない言葉ですねぇ」
「なんでだよっ!」

 ああ、ほら、やっぱり。こうしたら食いついて来ると思った。
 まなじりを釣り上げて睨みつけてくる子供を抱き上げ、蜂蜜色の髪を揺らしてジェイドは笑った。闇に溶けこむような黒衣はそれなりに似合ってはいた。この国で良しとされる赤は、彼にはどうしようもなく似合わない。

「さて、そろそろ部屋に戻りましょうか。ルークさま」
「えーっ、もう!? まだいいだろ!」
「駄目です。さーキリキリ勉強しましょうねー」
「古代イスパニア語なんて、今勉強したって使わねーじゃんか!」
「いつか使うかもしれないでしょう。覚えておいて損はありませんよ」

 幼い少年は口を尖らせて抗議したが、やがて彼には敵わないのだと渋々諦めを見せた。抱き上げられたまま小さな造り物の庭を横切り、しつらえられた部屋に戻る。黒衣の男はちらりと本邸の窓辺に目をやり、鋭い眼差しを大柄な男に向けた。
 ヴァン・グランツ。ローレライ教団に属する男だ。だが、最早関わりはない。
 扉を閉めルークを下ろすと、子供は甘えた表情でジェイドの足にまとわりついた。

「なージェイド、勉強終わったら剣の稽古つけてくれるんだろ?」
「ええ勿論。きちんと真・面・目・に、勉強出来たら、ですが」
「する! ちゃんとする! よーし、今日こそ一本とってやるからな! 見てろよ!」
「はいはい。それじゃあまず手を洗って下さい」

 瓶から手桶に水を流しながら子供の長い赤毛を梳いてやると、くすぐったそうに、けれど楽しげに笑みを浮かべた。
 この笑顔を、あと何年か――いや、何十年か守らねばならない。過ちを起こさせぬための準備は整いつつある。間違えぬだけの知識を与え、情緒を育み、かの男の居場所さえジェイド自身が乗っ取った。環境がここまで違ってしまえば、最早この子はジェイドの知る「ルーク」ではなくなってしまうかもしれない。
 それでもいい。
 大爆発の後にオリジナルだけが帰ってくる未来など、変えてしまえばいい。

「ジェイド?」
「なんです?」
「ジェイド、今怖えー顔してた」

 消え掛けていた笑みを、再び貼りつけた。大丈夫ですよ、と微笑み頭を撫でてやる。
 この子はもう、人を心配することが出来る。気遣い、間違いは正し、謝罪することが出来る。
 ああ、あとはこのまま、未来を守ることだ。

「疲れてるんなら休んでろよ。俺、一人でも勉強できるから」
「サボるんじゃありませんか? 窓から抜け出すとか」
「ち、ちげーよ!」
「いやぁ、前科持ちですからね」

 違うったら!
 喚く子供をあやしながら、濡れたその手を拭いてやった。
 小さくて綺麗な手だった。





(07.04.06./08.10.27.修正)