やわくてあまい





※拙宅の野千ルート前提(デキてる)



 腕を胸の前で交差させ、胸元を握り締める。洋装の衣服を脱ぐときは釦を外すんだから、そこを守ろうとするのは正しいんだろう。だけど雪村先輩は、身構えたその姿勢が相手にどう見えるのかは多分考えていない。先輩は心身共に間違いなく女で、いくら肝の据わった人だとはいえ人並みに恥じらいはあるし、俺たちがどれだけ親しくなっても兄弟のように近しくなっても、そこの線引きまでは曖昧にしていない。自衛の意識があるのはいいことだ。ただ、これは先輩の境遇を考えれば無理もないのかもしれないが、雪村先輩には致命的に欠落している部分があった。
 怯えよりも戸惑いのほうが大きく浮かんでいる雪村先輩の瞳を覗き込みながら、俺はその白く細い手首をやんわりと掴んだ。そうするだけで先輩は不安そうにいやいやと首を振る。俺がどうしたいのか、どうするつもりなのか、理解したくなくても分かってはいるんだろう。「どうして」とか「なんで」とか、言いたいことは山ほどあるんだろうが。
「先輩、そうしてると胸がこう……寄せられて、余計変な気分になる」
「……えっ?」
 大きな目を何度かまばたきさせて、それから雪村先輩は慌てて肘を合わせるようにして胸元を押さえた。器用なもんだ。でも、今度は腕をぎゅっと身体に引き寄せたせいで胸のふくらみが少し押しつぶされていた。
 洋装の白くて薄っぺらい「シャツ」は、和装と違って雪村先輩の女らしい身体の線がはっきりと浮き出される。生地が薄いし、そもそも洋装は身体の線が出るような構造になっているから仕方がない。大きめの布を帯や紐で調節して着る着物ですら男にしてみれば女の腰やら尻やらの身体の線は透けて見えているようなもんで、雪村先輩は男のそういう浅ましい本能にはあまり意識が向いていないようだった。女同士って猥談したり春画見たりしないもんなんだろうか。見るとしても、先輩にはそういう話し相手はいなかったんだろうけど。
 蝦夷地に来て、函館を概ね抑えた後になって雪村先輩も洋装を着るようになった。最初は戸惑っていた先輩も今はすっかり慣れた様子で、雑務で忙しく動き回るならこっちのほうが楽かもしれない、なんて言うときもあった。
 ただ、洋装に着替えた雪村先輩にとって一番楽だと実感したのはやっぱり戦場に出たときだったんだろう。平定したとはいっても残党がちらほらと出たりすることはあって、小規模だと俺と相馬がある程度兵を連れて抑えに行くこともあった。全体指揮は相馬が、前線の細かな指示は俺が出して、雪村先輩は本陣か一番後ろで衛生兵として控えてくれていた。大鳥さんなんかは心配して五稜郭へ残るよう言ったこともあったけど、雪村先輩はこうと決めたら譲らないところがある。それは新選組の俺たちにはすっかり分かっていることで、土方さんと相馬は心配そうにしつつも苦笑で受け入れて――俺はもちろん、大喜びで歓迎した。一日で戻れたらいいが、長引けば帰るのは翌日になる。近くにいてくれたほうが安心だった。
 少し掠っただけでも、雪村先輩は丁寧に手当てをしてくれる。それは下っ端の金で集められたようなやつでも、俺たちでも変わりない。そこはさすがに医者の娘というべきか、分け隔てなくきっちりと手当てをした。強がってわがままを言う大男相手でも、手当てをするときの先輩は容赦がない。丁寧で、優しくて、思いやりがあって、怪我がひどければ悔しい思いをしている隊士を励ましもした。大した言葉でなくとも、こんな戦地じゃ恵みの雨のようにしみるもんだ。雪村先輩がついてくるというだけで、どこか喜んだ顔をする兵がいるのを知っている。
 片手でまとめて手首を掴んでみると、あっさりと拘束出来てしまった。先輩、ちゃんと食ってんのかな。いや、食ってるのは知ってるんだけど。いつも一緒に食ってるんだけど。
 空いた片手で、先輩が自分の腕で押しつぶした胸のふくらみを横から指で押してみる。ふにゅっと思いのほか柔らかい感触で指先が埋まる。埋まるというか、押した感触が心もとないくらいだ。豆腐だってもう少し弾力というか、押した手ごたえがあるのに。
 雪村先輩は真っ赤な顔をこわばらせて、胸をふにふにつついている俺の指を凝視していた。あんまり驚いて声も出ないんだろうか。大声で悲鳴を上げたら、もしかしたら誰か来るかもしれないのに。土方さんも相馬も今は会議に出ている。この雪村先輩の個室はこれまでの屯所でもそうだったように奥まった場所にある。隣は俺と相馬の部屋。当然今は誰もいない。この辺りには、他に誰もいない。多分。
 雪村先輩の鈍い反応がおかしくて、俺はつい笑って首を傾げた。
「揉んだりつまんだりしたほうがいいすか?」
「だっ、だめ! な、な、何言ってるの? 駄目だよ! は、離して……ね? どうしたの、野村君……ねえ……」
 一言声が出ると、ボロボロ後から言葉が続いた。こうやって恥ずかしがって、怯えて、戸惑って、必死に俺から――「男」から逃げようとしていると、本当にただの女でしかない。
 可愛くて立派で尊敬出来る俺たちの先輩。
 誰にでも分け隔てなく優しくて思いやりのある先輩。
 最高に素晴らしくて、最高に妬ける。
 こんな八つ当たりをしたって先輩は俺を罵らないし軽蔑の目も向けていない。もちろんそれは俺の想像通りだったし、想定通りでもある。だって雪村先輩は、俺のものなので。
 洋装のいいところは、動きやすいことはもちろんだけど構造さえ分かってしまえば着脱も簡単なことだろうか。本人が、じゃない。他人が、だ。外国の女は貞操観念が低いんだろうか。
 シャツをズボンから引き抜くだけで、簡単に雪村先輩の白くて薄い腹が見えた。小さなへそと、筋肉の付いてない薄っぺらい腹。先輩は元々肌が白いけど、服の下に隠れたままの腹はもっと白かった。体温が上がっているのか、ほんのり雪村先輩の匂いがする。あまいような、柔らかいような、あったかい匂いだ。頭や顔を怪我して手当てされたときに、何度か雪村先輩の膝枕の世話になったことはあるけど、相変わらず何とも夢見心地ないい匂いだ。花街で逢う女と違って、粉っぽい白粉の匂いもしない。ここにいやらしい感じがないのが雪村先輩のいいところだ。とてつもなく良い女なのに、女の嫌な、媚びた感じがない。
 ないからこそ、縋って欲しくなるというのが男の面倒なところだった。そういうもんだ。仕方がない。
 白い腹を指先でなぞると、くすぐったいのか雪村先輩は「ひっ」と小さく息を呑んだ。頬はいっそう赤くなって、唇は小さく震えて、それを抑えるようにきゅっと唇を引き結んでいる。怯えと不安を必死に隠すようなその耐える姿が健気で、いっそう興奮した。やっぱり雪村先輩は、男って生き物が分かっていない。
 へその周りをくるくると指先で撫で、そのまま胸元へと指をゆっくり滑らせていく。まだ固くこわばったままの雪村先輩の腕に、またぎゅっと力がこもった。たくしあげたシャツの裾から、たぶんもうそろそろ、胸のふくらみが見える。シャツの上からつついてもふにゅふにゅと柔らかかった先輩の胸は、思いっきり鷲掴みにしたらどうなるんだろう。柔らかくてあったかくて、それから、それから。
 期待を隠し切れず、身体が熱くなる。先輩の手首を掴む手に力がこもる。
「いいじゃないすか。ね、先輩」
「……だ、だめ……だめ……!」
 いやいやと首を振る雪村先輩はもう涙目だった。恥ずかしいんだろう。目を瞑って、ぶるぶると首を振っている。そんな姿もまあ要するに興奮するのだった。先輩、狙ってやってるんだろうか。
 結局先輩は、男はもちろん、俺のこともまだよく分かっていないのだ。恥ずかしがって目を閉じているから分からないんだろう。今の俺の目を見れば、今さらもう止められないことくらい誰にだって分かる。
「いーじゃないですか、初めてじゃないんだし」
「そ、そういう問題じゃ……!」
「そーゆー問題だろ。俺にやきもち妬かせるのが悪い。そういう俺を受け入れちゃった先輩が悪い」
「なんでそうなるの!?」
 真っ赤な顔で俺を見る先輩の目に映っているのは困った後輩なのか、面倒な恋人なのか。どっちにしても、もう逃げられないと分かったんだろう。ふかーく吐き出されたため息が出切るのを待って、俺は更にシャツをたくし上げていった。





診断メーカーの投票で「服をたくし上げる(野千)」が選ばれたので
拙宅の野千ルートは他人のルートからの分岐ではないので相馬くんは納刀よろしくお願いします
(16.11.13.)