log - 3 ・借り暮らしのチヅルッティ(沖千) (沖田×千鶴/雑記ログ) 借り暮らしのチヅルッティ(沖千) (沖田×千鶴/雑記ログ) ※注意 ・「借り暮らしのアリエッティ」パロ&後半ただの沖千 ・土方さんの家に斎藤さんと山崎さんと千鶴で同居中(やましさ0) ・沖田さん以外は小人 ・とってもダイジェスト ・各自かなしい音楽を掛けてお読みください ◆ 初めての「借り」は土方さんと一緒だった。灯りを手にどんどんと先を行く、その後ろをついて行く。見上げる首が痛くなるほど高い机の上へ登った土方さんが、山崎さんに頼まれた角砂糖を下ろして、私はそれを鞄の中へと押し込んだ。 ここまでは至って順調で、ホッと安堵の息を吐く。借りに行くと決まってから斎藤さんが何度も何度もいかに借りが難しく危険なものかと話して聞かせてくれたおかげで油断せずにいられたけれど、何だか肩透かしを食ったようにも感じる。 そんな私の気の緩みを土方さんはちゃんと目にとめていて、 「次はティッシュだな。……くれぐれも、気ィ抜くんじゃねえぞ」 そんな風に釘を刺されてしまった。 ◆ 「姿を見せてくれない?」 ベッドに横たわったまま、その人は口を開いた。人間の男、と山崎さんは話していたけれど、声音やチラと見えた姿は青年と少年の間くらいに見える。大人なのか、子供なのか。ちょっと見分けがつかない。人間だから当然のことなのだけれど、その人はとても大きかった。大きな人が、でも、青白い顔をしてこちらを見ている。部屋の中はサイドテーブルの上に置かれたアンティークランプの形をした明かりが照らす薄暗い光が揺れていた。 「僕は総司。沖田、総司。君はなんて名前? ないの、かな」 「……千鶴、です」 「ちづるちゃん、か」 ふっとその人の雰囲気が緩んだ。もしかしたら、笑ったのかもしれない。 名前がないのか、なんて言われて思わず答えてしまったけれど、これからどうしたらいいんだろう。動けずにいた私の耳に、カサッと乾いた紙の擦れる音が届いた。続いて、ため息。小さな笑いの合間に吐き出されたはずなのに、どうしてか胸が締め付けられるように苦しかった。 「ちづる……千の鶴か。ははっ……」 声はこちらへ向けられていない気がして、ティッシュケースの影からそっと顔を出す。その人――沖田さんは、ベッドの枕元に飾られた色とりどりの折鶴を撫でていた。 千羽鶴だ。病人や怪我人を慰め、その快気を願う願掛けだ。 それを目の当たりにした私は、はっと息を飲んで沖田さんの横顔を見つめる。顔色が悪いのは、薄暗いからではないのだ。きっとこの人は、何か病を患っている―― 「紙の鶴では僕の病気は治らないけど、小人の君なら、僕に幸せを運んでくれるのかもね……」 一言一言が殊更ゆっくりと吐き出されるのは、苦しいからなのだろう。その音が空元気で誤魔化しきれずにいるのは、それだけ彼を蝕む病が重いからなのだろう。 「ありがとう。声を聞かせてくれて」 ただそれだけのことを、沖田さんは本当に嬉しそうに言ったのだ。言葉の温かさに反して、私は凍りついたように立ち尽くしていた。 ◆ 「沖田さん!」 「ああ、千鶴ちゃん。こんにちは」 「こ、こんにちはじゃないです! 大丈夫なんですか?」 「うん。今日は気分がいいんだ。いい天気だし、たまには陽に当たりたくて」 背の低い草木がはびこった庭で、ちょんと出た石を枕に沖田さんはごろりと天を仰いでいた。土方さんたちに見つからないようここまで走り抜けてきたせいで、息が乱れる。はあはあと肩で息をする私を横目に見た沖田さんはくっくっと笑った。 「そんなに僕に会いたかったんだ。嬉しいなあ」 「そ、そういう訳じゃ……!」 「あれ? 違うの?」 ひょいと沖田さんの手が伸びて、私の目の前で一瞬止まる。私も動きを止めて身構えると、そろりとつかみ上げられた。最初と違って、そうっと掴んでくれているのはありがたいのだけど、緩い分落ちてしまわないかちょっと怖いくらいだ。もちろん、ずいぶんな低空飛行で運んでくれているから、沖田さんも十分気をつけてくれているのだろう。 下ろされたのは沖田さんの胸の上で、小さく上下する体の上で私はぺたんと腰を下ろした。頭の下に本か何かを挟んで視線が合うよう調節した沖田さんの目が、やさしく私を見ている。陽の下できらりと輝く目はやっぱり少し疲れを浮かべていたけれど、その瞳の緑は庭に存在するどんな緑よりも澄んだ色で煌いていた。 「僕は会いたかったよ。君に、会いたかった」 「えっ?」 「こうしてここで寝ていれば、君はきっと見つけてくれると思って。具合が良かったのも、本当だけどね」 来てくれて良かったと、沖田さんはそう言って笑った。いつもの意地悪なそれではなく、温かい日差しの下で今だけは何の陰りもない、まぶしい笑顔だった。 なんてきれいなんだろう。人間はやっぱり怖いけれど、沖田さんも意地悪だけど、でも、とっても悲しくて、きれいな人。まぶしくて、切なくて、胸が苦しくなる。 唇を噛んで俯いた私の背中を、沖田さんの指先がそろりそろりと撫でてくれた。傷つけないようにこわごわと、けれど確かな慈しみを感じさせるその優しさに、涙があふれた。 ………………………………………………………………………… (10.09.23.) |