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・夜に沈む花の色 (斎藤ルート5章の斎藤+原田/没ネタ/雑記ログ)
・身雪ぎ (薫+千鶴/絵茶ログ)
・手乗り平助 (平助×千鶴/雑記ログ)
・今昔うさぎ (斎藤×千鶴/雑記ログ)





夜に沈む花の色 (斎藤ルート5章の斎藤+原田/没ネタ/雑記ログ)




「――斎藤?」

 半分ほど襖の開いた千鶴の部屋を覗き込んだ原田は、先客の姿に目を丸くした。

「左之か。どうした」
「いや。千鶴にやろうかと思って、干し柿を買ってきたんだが……」
「そうか。……悪いが、今は起こさないでやってくれ」

 もちろんと頷きながら、姿勢よく座る斎藤にもたれて眠る千鶴の寝顔をしげしげと眺めた。静かな呼吸は穏やかで、薄く開いた唇は少し乾いているものの、顔色は悪くないように見える。支えるためか、片腕を千鶴の身体へ回していた斎藤は抑えた声音で話しながら視線をそらした。

「着物のほつれを直してもらっていた。それだけだ」
「別に何も聞いてねえだろうが」

 憮然とした表情の中に照れが見え隠れしていることを、斎藤は気づいているのだろうか。押し隠した情が瞳の奥で色づいて、これまで誰も見たことのないような温かみで千鶴を見つめていることも自身では分からないのかもしれない。
 斎藤が「隊命だからだ」と執拗に繰り返すたび、その言葉を誰に向けて言っているのかと思うことはあった。そう何度も言わずとも、千鶴は思い上がるような馬鹿な女ではない。逆に、もう少し大事にされている自覚を持ったほうがいいくらいだ。それに、もう命令などあって無いようなもの。鬼のことが無くとも、彼女をもう用はないと放り出せるはずがない。ではいつまで連れ回すのかと、そこは悩ましい問題ではあるのだけれど。
 斎藤と千鶴が互いに気遣い合っているのは傍目にも見て取れた。いつからか千鶴のことは斎藤に任せっぱなしになってしまっていたが、土方がそれでいいと判じているのも、斎藤が隊命を遵守するであろうというのはもちろんのこと、そうでなくても守るだろうと見込んでいるからだ。
 意識してのことではないのかもしれないが、当然のように千鶴は斎藤を頼り、斎藤についていこうとしている。対する斎藤もそれを邪険にすることなく、当然のように千鶴を連れて動いていた。

「――なあ、斎藤」

 喜怒哀楽の覗かない涼しい眼差しが向けられる。開いた襖の向こうから差し込む月光を僅かに受けてかぎろう瞳を見返すのが、随分と難しい。黙したまま目で問う斎藤から、眠る千鶴へと視線を移した。
 冬の暮れは早く、外はすっかり暗くなってしまっているが、まだ夕飯を済ませていない。明日からの出立に備えて簡素なものになるのだろうが、準備が押しているのだろう。

「なんだ?」

 押し黙る原田へとうとう斎藤は口を開いたが、それでもなお、原田は言葉が見つからず口を噤んでいた。
 聞きたいことも、言いたいことも山ほどある。その全てが詮無いことであると分かっているから問えずにいた。新選組のこの先のこと、最近の近藤の言動、情勢をどう捉えているか、羅刹のこと、斎藤自身の身のこと、そして千鶴の処遇について。
 今朝の幹部だけでの話し合いに千鶴は同席していなかった。茶を差し入れさせることもなく島田と共に出立の準備を手伝わせ、そうして彼女を遠ざけた。議題が彼女の処遇であり、千鶴を守るために護衛の隊士を割くという話である以上、聞かせるわけにはいかなかった。危急の折、自分のために斎藤が隊を離れると知れば千鶴は反対するだろう。
 千鶴に戦う力がないから守るのではないと、少なくとも原田はそう思っている。千鶴が無事でいることは、ただ彼女の保身のためだけではない。いわば象徴のようなものだ。千鶴を守れれば、彼女が変わらず笑っていてくれれば。そうすれば、まだ、と縋るような祈りがそこに込められているような気がしてならない。
 酷な話だが、最早千鶴を留め置く必要はなくなっている。羅刹の存在を伏せるも何も、実践投入してしまった以上遅かれ早かれ露見することだ。強大な鬼に狙われる千鶴を匿い続けるより、鬼の姫であると言っていた千にでも託してしまったほうが互いに都合がいい。いざとなれば彼女を連れて逃げろと言われたのが、羅刹になり現在の新選組で実質一番の実力者となってしまった斎藤だというのも、隊のことだけを考えるならまずありえない話だ。それでも土方はその点についてはさほど悩んだ様子もなく指示しており、自分たちもまたなるほど当然の人選だと受け入れていた。彼女を今回の甲府行きへ同行させることについても同様だ。彼女を手放そうなどと、誰も言いやしなかった。考えもしないだろう。
 鳥羽伏見での敗走から隊は重苦しい空気に包まれることが多くなった。和やかにしていると現実から目を背けているようで、心から笑えなくなっているのは誰しも同じだろう。千鶴も例外ではなかったが、それでもやんわりと微笑んでいる顔を見るだけで、その一時だけは賑やかだった昔に戻ったような、そんな気がしている。
 千鶴を守るのは新選組の意地であり、希望と期待を守ることに近しい。薩長の浪士との小競り合いできな臭くはあったが、まだ日常と呼べるものがあった頃を思い返す、その象徴なのだ。
 もうあの日々に戻ることはないと誰もが理解している。沖田は病に臥せり、平助と山南は羅刹になり、井上は死んだ。溢した水は、もう二度と盆には返らない。それでもまた、あの頃のように笑って暮らせる日がくればと願わずにはいられない。

「明日からのこと……改めて、頼む」
「ああ」

 原田の視線を追って千鶴を見つめていた斎藤のまなざしが僅かに鋭さを増した。甲陽鎮撫隊と名を変えて初めての出陣に、しかし光明は見出せない。だからこそ千鶴を同行させるのだ。これから戦いに赴く自分たちに同行させたほうが安心だと言い切った土方の苦渋の表情を、斎藤はどう見たのだろう。
 嫌な予感が拭えない。新参の兵は金で歓心を買った者ばかりで、志も何もあったものではない。頭数だけ揃えたところで実際役に立つ者など一握りいればいいほうだろう。甲府へ赴くことでさえ、疑念は残っている。近藤は何のために、誰のどんな願いで戦っているのだろう。以前は考えもしなかったことが、今は気にかかって仕方がない。もっと素直に表現するのなら、疑っていると言ってもいい。永倉の中ではもう隠しきれぬほどに苛立ちは募っているし、原田もまた、不信感は最早消せないほど肥大してしまっている。
 千鶴の白い頬に、斎藤がそっと手を伸ばした。おそらくは原田よりずっと多くの者を切り殺したその手で、顔にかかった髪を払う。

「俺は……刀を振るうだけだ。これまでも、これからも、変わらない」

 噛み締めるように吐き出した斎藤は、そのまままぶたを閉じた。張り詰めた静寂の中、ただ息苦しさを覚える。同じように目を閉じようかと迷い、けれど原田は視線を月明かりへと逃がした。まだ来ぬ春のぬくもりはなく、冷ややかな月光が差し込んでいた。


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(10.05.05.)






身雪ぎ (薫+千鶴/絵茶ログ)




 どれだけ歩いただろう。山歩きに慣れていないせいだろうか、千鶴の足取りは重い。先を行く薫は確信を持って道を選んでいるようで、振り返ることもなく黙々と歩いている。握られた手はわずかに汗ばんで、そこに命あるかのように温かみを持っていた。
 はぐれないようにか、逃げないようにか。捕らえられた手の意味を、千鶴は図りかねている。
 薫のもう一方の手は抜き身の刀を下げており、今は下草を払うその刃で、先刻人を斬り殺した。鬼の力でもって蹂躙した。草を払ううちに刀身についた血はいつしか消えてなくなり、今は何事もなかったように道を切り開いている。

 山道を進むうちに遭遇した人間は、新政府側か幕府側か分からない。どちらにしろ、外道だったことには違いないのだろう。手を取り合い進む双子を見て、彼らは略奪しか思いつかなかったらしい。こちらがどの勢力かと問うこともなく、すぐさま斬りかかってきた。
 薫は小柄なせいか、少なくとも新選組の幹部よりは腕が劣るらしい。一人では全員を相手しきれないと判じたのか、すぐさま鬼の力を顕わにした。

「千鶴、動くなよ」

 言い置いて手を離した薫が斬り込んでいく。小太刀に手をかけながらも動けずにいた千鶴は、瓜二つの背中が駆けていくのを見送ってしまった。
 この隙に逃げるという選択肢が浮かばなかったのは、名を呼んだ薫の声が、昔日を思い起こさせるような柔らかさを孕んでいたせいだろうか。

 勝敗はあっけなくついた。刀の腕がどうこうではない。こちらは鬼で、相手はただの人なのだ。斬っても斬っても死ぬどころか怪我さえ瞬時に治る薫は、「肉を斬らせて骨を断つ」を文字通りに実行していた。少しのためらいもなかったところを見るに、恐らくずっとそんな戦い方を続けてきたのだろう。
 致命傷となるような怪我を負う相手でもなく、飛び込んでいった薫は何一つ恐れることなく間合いへ踏み込み、顕現させた鬼の力で刀を振り抜いていた。
 斬り伏せた相手に息がないことを確かめると、抜いた刀を納めることなく振り返る。汗で頬や額に張り付いた髪は白く、額からは小さな角が二つ伸びている。空を厚く覆い始めた曇天の暗がりの中、薫の目は鈍い光を放っていた。

「待たせたね」
「……ううん」

 ゆるく首を振ったのも、すぐ足を踏み出したのも反射のようなものだ。
 待っていた。確かにそうだ。
 いくら薫といえども、交戦中に逃げ出せば追いつけなかったはず。そのくらいの時間は経っていた。それだけの間、千鶴は何もせず待っていたのだ。

「……薫、大丈夫なの?」
「心配してるの? 俺を?」

 くっと笑いをかみ殺した薫が、いっとき視線を地に落とした。唇を噛む動きが、やけに目に付く。
 再び顔をあげた薫は、いつもの作り笑いを浮かべて手を差し伸べた。


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(10.06.27.)






手乗り平助 (平助×千鶴/雑記ログ)




「はい。平助君、どうぞ」
「あ、ああ……」

 ニッコニッコと輝かんばかりの笑顔で千鶴が笑う。白い指先につままれたみかんは筋どころか薄皮まできれいに剥かれていた。小さくなってしまった平助にはそれでも一抱えもあるのだけれども、幸いみかんは小さな粒の集まりだ。皿の端に置いて、もぎとりながら食べることにする。食べているうちに手のひらどころか腕までみかんの滴が垂れてくるが、その都度千鶴がちょいちょいと拭ってくれるのがくすぐったく、けれど嬉しかった。

「平助君、お腹いっぱいになった?」
「ああ。だってさ、米粒一つであんなでっけーんだぜ? 魚もさ、すっげえ小さくほぐしてくれたんだろうなってのは分かるんだけど、それでもやっぱこんなにでかかったし」

 こう、と両手をいっぱいに広げて言えば千鶴はころころと笑っている。茶碗が風呂になりそうなほど小さくなってしまったときは目の前が真っ暗になったものだけれど、こうして楽しげにしている千鶴と終始一緒にいられるのはその不安を埋めるほどに穏やかな気持ちになれた。
 慌てたところでどうにもならないなら、自分に出来ることをするだけだ。身なりが小さく京の町を守れないなら、その一角で慎ましく暮らす少女を守るまでのこと。万が一千鶴に凶刃が向けられるようなことがあれば、相手に飛び掛って目玉を突いてやる、とそのくらいには意気込んでいる。
 自らも食事を終えた千鶴が手を合わせて頭を下げ、膳の上に座り込んでいる平助に手のひらを広げてみせる。両手をそろえて差し出されるそれが今の平助を呼ぶ合図だ。みかんの最後のひとかたまりを口に押し込んで、千鶴の手の平によじ登る。あまり動くと千鶴がくすぐったがるので、親指に手をかけるとそのまま腰を下ろした。
 平助を気遣ってそっと動かす手の動き自体にも心は跳ね、腹も膨れた平助はすっかり平和な気分で満たされていた。やれやれ頭の中まで平和ぼけしてやがる、とか何とか思っている外野の声はもちろん届いていない。
 胸元へ引き寄せるようにして手の動きが止まり、片手を壁のようにして落ちないように包んでくれる暖かな手の中から千鶴を見上げた平助は、あれ、と目を丸くした。声をかけてやろうと思ったが、あいにく口の中は最後に放り込んだみかんでいっぱいだ。しかしこのまま放っておけば総司あたりにからかわれてしまいかねない、と案じた平助は、手振り身振りで千鶴に呼びかける。

「え? なに、平助君?」

 むぐむぐと唸る平助に小さく首を傾げつつ、聞き取れないと思ったのか、千鶴の手がそろそろと上へ上がっていく。そうして手のひらが千鶴の口元に近づいたところで、平助はひょいと立ち上がると身軽に飛び跳ねて手を伸ばした。うまく一発でそれを取ることが出来、ようやく口の中のみかんも飲みこめる。片手でみかんの汁を拭いながら、もう一方の手で取ったそれを千鶴に差し出した。

「おべんとついてたぜ」
「えっ!? うそ、やだ!」

 恥ずかしい、と真っ赤になった千鶴へ笑いかけながらなおも手を伸ばして米粒を差し出すと、千鶴は反射的にそれを口で迎える。

「あ…………」
「…………? ――……っ!」

 平助の手が千鶴の唇にふにっと挟まれた時点で、ようやく二人は我に返った。
 あれ、これって、もしかして。

「ご、ごめんっ!」

 慌てて腕を引っ込めた平助は、千鶴の手の中に再びぺたんと座り込んで頭を抱えた。何しろ逃げ場がないのだから逃げも隠れも出来やしない。当人は正しく眼前におり、ついでに言えば、逃げたい連中の真っ只中にいたのだ。幸せだなあ嬉しいなあ、と浮き立っているうちにすっかり忘れていた。
 「いいなあ、平助は」と白々しく言い放つ、殊更嗜虐に満ち満ちた声は沖田のものだ。突き刺さる圧迫感は斎藤あたりの視線だろうか。
 ああやばい、怖い! 千鶴はやく逃げてくれ!
 そう思ったところで、恥ずかしがった千鶴が平助に顔を見られないよう手のひらを胸に押し当ててぎゅっと抱きしめられてしまったものだから、身じろぎ一つ出来ないわけで。

「ご、ごめんね平助君! 私、はしゃぎすぎてたみたい…!」

 はしゃいでうっかり「あーん」をしてくれるなら、オレの前でならどれだけはしゃいでくれてもいいから! だから一刻も早くこの場を離れてくれ!!
 ――などと言えるはずもなく、数分後には千鶴を追い掛け回した沖田の指先に犬猫よろしくぶら下げられてしまうのだった。


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(10.07.15.)






今昔うさぎ (斎藤×千鶴/雑記ログ)




「はっ……はあっ……はあっ……」

 ざく、ざく。雪を踏みしめる音のほかに鼓膜を打つものは己の息遣いのみ。吹きすさぶ風が木々や家々の塀や屋根に降り積もった雪をさらい、さながら吹雪のように横からなぶってくる。
 極力体温を下げぬ呼吸の仕方、というものは新選組が北へと北上する行軍中自然と身についてしまった。随分な強行軍もあったが、しっかりそれについてきた千鶴もまた、同じように身につけているに違いない。それを哀れと思う者もいるやもしれないが、斎藤は、そうは思っていなかった。生きながらえるための手段なら、いくらでも覚えてくれていい。身につけることが出来るなら、それに越したことはない。
 雪道の歩き方も慣れたものだ。風が強いだけの曇天であれば幸いと感じられるほどには強かになった。人間、やはり何事も慣れである。

 さて、その慣れの一つである帰路を辿り歩いた先で、斎藤はふともたげた頭をそのまま傾げてしまった。家屋の前、玄関先の雪がずいぶんと目減りしているのである。雪かき道具で根こそぎ避けたのなら道の脇に雪の土手が出来ているのだろうがそれはなく、減った雪も上っ面を削り取っただけのようで地面が見える訳でもない。
 一つの答えに行き着いた斎藤は、玄関には踏み入らずそのまま家の周りをぐるりと回る。やはり家の周囲の雪はどこも少しずつ減っていて、なんだか我が家だけ一時降雪を免れたのではと思わせるほどだ。こうなる理由には一つしか心当たりはなく――

「千鶴」
「あっ! 一さん、おかえりなさい!」

 ぱあっと春の日差しのように柔らかな笑顔を咲かせた妻のしゃがみ込んだ周囲に、取り囲むように鎮座する無数の雪うさぎに目を留めた斎藤は、ふっと白い息を吐いて笑みを浮かべた。
 まだ二人が想いを通わせるよりずっと前のこと。屯所にて新選組の一隊士として相対していた頃、千鶴が手ずから作り教えてくれたのが雪うさぎだった。受け取った雪うさぎを部屋に持ち帰り飾ったのだが、今になって思えば持ち帰ったのは雪うさぎではなく、彼女の優しい気持ちと、芽生え始めた彼女への思慕だったのだろう。指先や頬を赤く染めて一生懸命作ってくれた姿に、自然優しい気持ちになったことを今でもちゃんと覚えている。
 しゃがみこんだまま斎藤を見上げている千鶴の手には、今まさに生まれようとしている一羽の雪うさぎがある。材料として用意したらしい葉を一つ摘んで、壊さぬようそっと差し込んだ。千鶴が作れば愛らしいそれが、己の手に掛かるとどうにも不恰好に見えて仕方がない。それだけ、千鶴が優しいのだろうと結論付けた斎藤は、続けて鮮やかな南天の実をちょいちょいと付けて、出来上がった雪うさぎをそっと縁側の下に下ろしてやった。まるで身を寄せ合って寒さをしのぐかのように、そこにもまたたくさんの雪うさぎが鎮座ましましている。

「ずいぶん作ったのだな。すっかり奴らの家だ」
「家の片づけが随分早く終わったので、一さんのお帰りを待ってたんです。でも、さすがに早すぎるからと思って……」

 手慰みに作り始めてつい熱中してしまったのだろうか。照れたように頬を染めて視線を下ろしてしまった妻の氷のように冷たい手を取り、立ち上がる。
 雪うさぎは縁側の下にも、家の周囲にも、先ほどは気付かなかったがきっと玄関先にもいるのだろう。もしかすると既に最初の数羽は家の中に上がり込んでいるかもしれない。いつかの斎藤が眠りに着く前、彼女の浮かべた恥じらいを思い返しながら受け取った雪うさぎを眺めたように、今宵の寝所にも進入している可能性は十二分にある。
 台所と風呂は避けるのに寝所には置いてしまう迂闊ささえ、愛しく思う。湯を沸かして手を温めようと話しながら玄関の戸をくぐった斎藤は、土間の隅にうずくまる雪うさぎを見つけて肩を竦めた。

「命拾いしたな」

 寝所のうさぎは一晩で溶けてしまうだろう。


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こんじゃくうさぎ(10.08.23.)