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・ふるえる (さいちづ/絵茶ログ)
・余り物には福がある? (さいちづ/雑記ログ)
・問わず語り (転生おきちづ/雑記ログ)
・花や蝶や (さいちづさんと土方さん/雑記ログ)
・隠れ鬼 (ひじちづ/雑記ログ)





ふるえる (さいちづ)




「千鶴」

 名を呼んで手を伸ばす。
 己の瞳にまっすぐ向かう指先を見て、けれど静かにまぶたを下ろす姿にじりじりと胸の内が燻った。ためらいなく身を任せる、その心根の何と美しいことか。
 僅かにまなざしを細めた男は、目前の豊かな睫毛にそっと触れた。彼女の髪と等しく艶やかなそれは、仄かに震えて指先をくすぐる。平素、刀を握るために整えている爪が、今は彼女の肌を傷つけぬために意味を為している。
 硬く、厚くなった手の皮が色の薄い柔肌をなぞる。目の下の皮膚は想像していた以上に薄く、加減を違えればすぐにも裂いてしまいそうで、怯えた指がひくりと震えた。
 人を斬り、尋問の際には素手で命をもぎ取ることさえ厭わない手だ。それが、ただ目の前の少女を少しも汚さぬように、傷つけぬように、そして何より、拒絶を恐れてためらっている。せめて気取られぬようにと下げたままの片手は硬く握りしめ、そうっとまぶたに触れた。

「……取れた」

 些か緊張した面持ちで、斎藤は一歩引き下がる。
 二、三度まばたきを繰り返した千鶴は、先ほどまで気にかかっていた痛みがなくなったのを感じ、ほっと息をついた。

「斎藤さん、ありがとうございました」
「いや……。今後このようなことがあっても、絶対に目はこするな」
「はい。わざわざすみません、お忙しいのに」
「気にするほどの刻でもないだろう」
「でしたらいいんですが……。あの、本当にありがとうございました。私、まだお掃除が残っていますので、失礼しますね」
「ああ」

 信望厚い斎藤は、非番の日でも隊士の稽古や何やと多忙な人間だ。通りがかりに助けてもらったのはとても嬉しいが、いつまでも引き止めてはいけない。
 そう思った千鶴は深々と頭を下げると、自分もまた日々の雑務へと戻っていった。

 しばし足を留めてその背を見送った斎藤は、ふと指先を見下ろす。爪先に引っかかる睫毛の黒は、今となっては差ほどの動揺を引き出さない。いつの間にか震えも収まり、常のように呼吸の乱れもなかった。
 千鶴と共にいるとき、不意にこうして自分というものが揺らぐときがある。じわり、じわりとその頻度が増えているのも、酩酊するときが長くなるのも、肌身に染みて理解していた。
 ふ、と吹きかけた息がやけに熱く感じる。一息では落ちなかった睫毛に一瞬息詰まるのを感じながら、今度は大げさなほど強く吹きかけて吹き飛ばした。肩の力を抜くと同時に、なぜか後ろ髪引かれるような躊躇いが心の奥底に爪を立てる。わずかに顔をしかめた斎藤は、首を振るって思案を打ち消すと静かに歩き始めた。
 近ごろ千鶴と会った後に感じる寂寥感と同じ色をもつそれを、数度のまばたきでまぶたの裏に押し込める。翳る廊下にちりりと眦が痛むのは、決して日差しのせいではないと気づいていた。


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(10.01.21.)






余り物には福がある? (さいちづ)




 部屋に詰めて書き物の手伝いをしていたせいか、そこで頂いたみかんのせいか。夕飯の膳を前に、私は小さなため息をついた。いつもより動かず、いつもより間食が多かった。両方が原因かもしれない。お腹がいっぱいで、食べ切れそうにない。
 お箸をつけないで、いっそ誰かに渡してしまったほうがいいだろうか。そんなことを考えつつぼんやりしていると、「千鶴?」と隣から声が掛かった。ふと視線を向ければ、斎藤さんがじっとこちらを見ている。慌てて笑顔を見せても誤魔化されてはくれなくて、顔をしかめられてしまった。

「箸が止まっているようだが、具合でも悪いのか?」
「いえ、そういう訳ではないんですけど……お腹がいっぱいで、食べられそうになくて」
「……本当にそれだけか?」
「はい、それだけです」

 おやつをつまみすぎて夕飯が食べられないなんて贅沢で罰当たりなことだ。肩を落として「すみません」と口ごもると、斎藤さんは「いや」と首を振った。
 その後ろで平助君が斎藤さんのお膳に箸を伸ばしていたけれど、斎藤さんは振り返りもせずに手刀で箸を叩き落とす。後ろに目でもあるんじゃあ、とさらにその向こうで平助君のお膳からお魚を取った永倉さんが青ざめていた。

「残すのなら俺がもらう。……いいか?」
「構いませんけど、手をつけてないのっていうと……」
「俺は気にせん」

 言うが早いか、斎藤さんの腕が私の前に伸びて、ひょいと小鉢を取り上げた。目を丸くしている私に一度目をやって、斎藤さんはぱくぱくと口の中に放り込んでいく。空になった器は自分の膳に置いて、――このとき平助君がまた斎藤さんのお膳にお箸を伸ばしたけど、やっぱり手刀で、今度は平助君の手首を叩いて――再び私の目の前に黒い着物の袂が過ぎった。その裾がお椀に触れそうになって、慌てて私は着物をきゅっと捕まえる。気づいた斎藤さんも、手を伸ばした格好のまま動きを止めた。

「大丈夫……みたい、です。よかった……」
「……すまない」
「ふふ、いいえ」

 普段は寡黙で、静かで、お年よりずっと大人びて見える斎藤さんも、お食事の席だけは別だ。それがおかしくて、そんな姿を見られるのが嬉しくて、つい微笑んでしまう。手にしていた袂を放して、代わりに膳から鉢を取り上げた。

「はい、どうぞ。……これ、手をつけてしまっていますけど、本当にいいんですか?」
「ああ」

 斎藤さんの右手が鉢を持つ私の手に触れて、少し顔を近づけた斎藤さんはそのまま器用な箸運びで料理を口にする。きれいな手つきだな、と見とれているうち、あっという間に平らげてしまった。

「……ごちそうさま。次の食事はきちんと食え。食べねば体がもたない。食事も鍛錬のうちだと思え」
「はい、気をつけます。食べてくださってありがとうございました」
「礼を言うのは俺の方だ。うまかった。……断りきれぬ差し入れは、取り置いて部屋に置いておけばいい。その場で無理に付き合うことはない」
「……はい。ありがとうございます」

 そんなところまで、斎藤さんにはお見通しらしい。こうして気遣ってくれる斎藤さんの優しさに感謝しながら、残りの椀に口をつけた。
 もったいないことにならなかったのも斎藤さんのお腹が膨れたのも良かったけれど、斎藤さんの言うとおり、次はきちんと自分の分は自分で食べないといけない。まだしばらく書きものの手伝いが続くように聞いているから、これからは間食を控えようと心に留める。
 満腹になったせいか心持ち表情の明るい斎藤さんから明日の巡察の話を聞きながら、知らず知らず、左手の甲を撫でていた。


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(10.02.17.)






問わず語り (転生おきちづ)




 総司さん、と僕を呼ぶ千鶴と、総司おにいちゃん、と僕を呼ぶ千鶴が重なって映る。呼ばれた僕は同じように笑って、同じように愛しい彼女に手を伸ばす。けれど、もう、口付けることすら許されない。彼女は僕の妹で、どんなに甘い言葉を紡いでも、愛しく触れても、その身を愛すことは禁じられているのだ。
 誰に、と尋ねても仕方がない。法が、世が、遺伝子の理が否と首を横に振る。嫌な咳の出ることがなくなった身だというのに、今度は鬼でも羅刹でもないのに、僕らの血がいくらか似通っているという、ただそれだけの理由で深く触れることが出来ない。口付けることも、白く柔らかな肌に己をうずめることも出来ない。愛してると囁くことだって周囲の目を盗まねばならず、こっそりと抱きしめたところで、とうの千鶴が困惑した笑みを浮かべるのだ。
 短く不自由だった命と、今のこの生き地獄と、どうして比べられようか。そばにいられるだけマシだと、そう思えたのは、千鶴に好きな子が出来たらしいと聞くまでのごく短い間だった。

 初恋が幼稚園だなんて、ずいぶん早すぎるんじゃないの、千鶴。


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(10.02.22.)






花や蝶や(さいちづさんと土方さん)




「千鶴、いるか?」
「はい。どうぞ」

 足音で勘付かせていたせいか、然して慌てる風でもなく襖が開く。にこりと笑顔で出迎えた千鶴のほかには、部屋の中には誰の姿もない。見れば着物を繕っていた最中のようで、小さな朱色の針刺しには糸がついたままの針が刺さっている。
 大したようではなかったものの、ふと部屋の中に足を踏み入れて土方はほんの少し目を瞠った。千鶴に与えた部屋は小ぢんまりとした、物の少ない部屋だったはずだ。実際今も彼女が寝起きする以上の役割は果たしていないのだろうが、しかし、小さな文机の上や行灯の傍などに小さな置物や絵皿、花などがこまごまと飾られている。そう高価というわけでもなく、けれど安っぽくもないそれらは遠慮がちであまり物を欲しがらない千鶴でも辛うじて受け取ってもらえそうな、絶妙の品と見えた。
 平隊士がこの部屋へ踏み入るようなことはまず有り得ないから、調度品にまでは口出しするまい。未だに幹部の同行なしには屯所から出られない身の上を思えば、これくらいの気休めは見逃してやってもいいだろう。
 土方が目を留めたのは、別段、注意をしようと思ったからではなかった。

「ずいぶん色々増えたもんだな。へえ……この細工、なかなか凝ってるじゃねえか」
「や、やっぱりこれ、いいお品ですよね? どうしよう……」
「どうしようって、なんだ? 何か問題でもあるのかよ」
「斎藤さんから頂いたんですけど、私、何もお返しが出来なくて……」
「斎藤が?」

 言われて、再度部屋を見回してみる。
 蒔絵で薄雲を引いた朱塗りの菓子盆に、梅の花が描かれた黒い手文庫。桜と千鳥を描いた手に納まるほど小さな飾り皿。白磁に赤い金魚をあしらった小皿には、どこからか摘んできた小さい野の花が浮かべられている。
 趣味の良さと控えめな品選びから考えれば、斎藤からのものだというのは納得がいく。沖田や藤堂ならば菓子類、原田なら手鏡など女らしいものを買ってきてやろうとするだろう。斎藤が形の残るもの、けれど仮に見つかっても女物だとは言い切れない程度のものを選んで買ってきているのだと分かり、土方は思わず笑みを漏らした。

「いつもよくして頂いてるのに、受け取れませんっていつも言ってるんですけど」
「あいつがおまえにやりたいと思ったんだ、もらってやりゃあいいじゃねえか」
「はい。斎藤さんも、気持ちだけだからって仰って……。お気持ちは、その、すごく……嬉しいです」

 気持ちだから受け取って欲しいと言われてしまえば、その気持ちは嬉しいのだから、受け取る以外に方法がない。千鶴が遠慮することを見越した斎藤の言葉選びに、慣れたものだなと感心する。頬を染めて俯いた千鶴をちらりと見下ろして、土方はやれやれと天井を仰いだ。
 斎藤に千鶴の面倒を見るよう指示を出したのは他ならぬ土方自身だ。当時も今も適任だったと思っているし、間違ったとも思わない。しかしあの、真面目を絵に描いたような斎藤が隊務をとうに越えた心情けを注ぐまでになるとは、好いた惚れたは得てして不可思議なものだ。出会った経緯を考えれば、数奇だと言わざるを得ないだろう。
 隊内での色恋はご法度だが、千鶴は隊士という訳ではない。ついでに言えばこれが色恋だと断ぜられるほどの証拠はないし、そもそもお互いにまだ頭が心に追いついていない様子でもある。そのたどたどしく惹かれ合う様が微笑ましいような、可笑しいような。
 結末はどうあれ、まだ目を瞑っていてやるかと思案を止める。気恥ずかしそうにしている千鶴に二言三言言付けると、土方は早々に部屋を立ち去ることにした。刻は夕暮れ、じきに巡察を終えた狼が一匹戻る頃だ。

 ぎしぎしと鳴る廊下を歩みつつ暮れた空へ視線を投げ、土方はゆるりと目を細めた。
 たとえままごとのような泡沫の夢であれ、束の間の安らぎはいつか彼らの心を守る盾となるやもしれない。この穏やかなときが続くよう、出来ることは何があるだろうかと土方は再び隊務へと思案を巡らせていった。


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(10.03.04.)






隠れ鬼 (ひじちづ)




 近づいてくる気配は、可能な限りそれを押し隠そうとしたものだ。来ると予測せず書き物に没頭していたなら、ともすると気づかなかったかもしれないほど巧妙に潜められている。新選組の屯所でも奥まった幹部たちの部屋の集まる一角に、まるで闇討ちでもするように近づく影。怪しいことこの上ないが、こんな場所までそう易々と踏み込めるものでもない。
 土方の居室だと知っていてやってくる彼は、やっかいな人物ではあるものの、身内である。踏み込むも何も最初から屯所にいるのだから、音も無く忍び寄られようが何だろうが、とかく防ぎようがなかった。

「土方さん、ちょっといいですか?」
「返事をする前に戸を開けるなって、何べん言やぁ分かるんだ、てめぇは!」

 スパン、と叩きつけるように勢いよく開け放った襖の向こうから西日が差し込み、悪びれもなく肩をすくめた沖田の横顔を照らしている。
 沖田は開け放たれると同時に怒鳴った土方の剣幕にほんのわずか目を瞠り、しかしすぐに顔をしかめてやれやれと首を振った。

「うわ、機嫌悪い……やめてくださいよ、八つ当たりなんてみっともない」
「イラつかせてるのはてめぇのせいだろうが!」
「だから、いちいち怒鳴らないでくださいよ!」

 馬鹿の一つ覚えみたいに、と続く言葉をぐっと飲み込んだ沖田は、土方の刺々しい視線を気にせず部屋の中へと目を走らせると、「なあんだ」とぼやいて襖を閉めにかかる。今にも仕合おうかと言い出しそうなほど不機嫌な空気に辟易しつつ、去り際にすみませんでしたと言葉を残した。

「千鶴ちゃんを探してたんです。逃げ込みそうな場所って言ったら、あとはここくらいかと思ったんですよ」

 お邪魔しました、と形ばかりの詫びを口にすると、今度は足音を立てながら千鶴の名を呼び、去っていく。完全に遠路の人となったところで、土方は重苦しいため息をついた。
 書類だの書物だのを広げている土方の部屋は、立場上他の幹部よりも立たせるべきだとの近藤と山南の意見により、二間続きの部屋になっている。私室と呼べる奥の部屋にもあれこれと資料を持ち込んでいるせいもあって寝るだけにしか用を成していないが、それでも寝室としては見苦しくない程度に機能はしていた。当然のことではあるが、土方が休むためのものだ。ここが屯所であり自宅ではない以上、だれぞ連れ込むようなことも有り得ない。
 筆を置いた土方は、風通しのために屏風を立てて仕切るだけにしていた、その寝室へと踏み込みそろりと境の襖を閉じる。敷居をすべる音に反応して動いたのは、珍しく敷きっぱなしになっていた布団の中のふくらみだった。

「……行ったぞ」
「み、見つからなかったんですか?」

 恐々と布団から頭を出した千鶴は、慌ててもぐりこんだせいで乱れた前髪を押さえながら、傍に座り込んだ土方を見上げた。土方が怒鳴っているのは聞こえたが、布団を被っていたせいで沖田の話す内容はあまりよく分からなかったのだろう。しかし言うだろう内容には心当たりがあるのか、ちらっと居室への入り口のほうを見やって縮こまっている。
 いつまでも布団にくるまったままの千鶴から掛け布団を引き剥がしながら、訳もないと土方は肩をすくめて見せた。

「確かにあいつは人一倍気配には聡いほうだが、俺があれだけ目立ってりゃあ、息殺して隠れてるお前の気配には気づきにくいだろうよ。それでも冷静に注意してりゃ見つけられるだろうが、そこまで本気でもなかったんだろう」
「油断大敵、でしょうか……」
「まあ、そんなところだ。――で、どうしてここへ来た」

 呆れ交じりにため息をつけば、布団の上にぺたりと座り込んだ千鶴は肩を縮こまらせる。
 なんでも、平助に膝枕していたのを見つかって沖田にからかい倒された挙句、どういう訳か、騒ぎを聞いて顔を覗かせた他の連中にまで膝を貸す貸さないの話になったらしい。さすがにそれは恥ずかしいと怯んだ千鶴を、沖田が執拗に追い掛け回して今に至る――。
 なんだそれは、と言う気力も湧かなかった。土方はただため息を重ねるに留め、「それで」と顔をしかめる。

「なんでここへ来た」
「す、すみません……。お忙しいのは分かっていたんですけど、もう、助けて頂けるのは土方さんしかいないと思って……」
「助けるのは構やしねえよ。俺が言いたいのはそういうことじゃねえ」

 寝室であるからには、寝やすいようにと直接明かりが差し込まないよう障子の外には板戸をつけている。隊務を行っていた部屋と分け隔てる襖が通す薄い日差しが淡く落ちるのみだ。まだ日が傾き始めた頃合なのだから行灯もつけてはいない。
 はあ、ともう一つ大きなため息をついて千鶴の肩に手を置き、土方は半眼でうめいた。

「今日これが敷きっぱなしになってんのは、昨日の晩に準備してから結局寝てねえからだ」
「え……。じゃ、じゃあ徹夜なさったんですか!?」
「ああ。ついでにな、昨日の晩はお偉方と飯食わされて、酒までしこたま飲まされてんだ。……千鶴、俺の言いてぇことが分かるか?」
「……お、お疲れのところ、本当にすみませんでした……!」

 真っ青になった千鶴にまた一つため息をつくと、土方はまぶたを閉じ、ぐったりとその頭を千鶴の肩に押し付けた。目を閉じてなお、ぐらぐらと平衡感覚が乱れる違和感に、抑えていた吐き気が込み上げ唇を噛む。

「……さっき総司に怒鳴ったので、集中が途切れやがった」
「ごめんなさい……」
「……眠い。寝る。責任もって枕になりやがれ」
「はい、分かりまし――」

 え、と千鶴が身を固くするのと、よし、と呟いた土方が千鶴の肩を押すのはほぼ同時だった。
 起き上がったばかりの布団の上に押し倒された千鶴が、ぽかんと土方を見上げている。薄っぺらな体に覆いかぶさるように突っ伏すと、再び肩口に頭を乗せた。しかし重さに耐えかねた千鶴が咽るので、仕方なく隣に寝転がると朦朧としたまま隣の体を引き寄せる。

「な、な……なんで、あの……! ひ、ひじかた、さん?」
「飯の時間になったら起こせ」

 抱え込んだその身の暖かさとどこか甘い匂いに埋もれながら、「逃げるなよ」と釘を刺すことだけは忘れずに、土方は意識を投げ出した。
 連日の隊務も徹夜も気の乗らない宴席も、どれも言い訳にはなるだろう。酔っていたことにすれば良い。疲れで頭がどうかしていたというのでも構わない。
 どのみち、幼い彼女へ妬かずにいられないのだから、とっくに酩酊しているしどうかしているのだ。

「――千鶴」
「な、なんでしょう?」
「わざわざ鬼のところへ逃げ込む馬鹿がいるか」
「え?」
「……危機感を持てって話だ」

 吐き捨て、今度こそゆるゆると眠気に身を任せる。
 この部屋は隠すものが多すぎる。
 そう呟いた声は、音にならず浅い夢にとけてしまった。



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(10.03.16.)