小ネタ/真田軍



けもみみしようぜ!!in西軍(佐助)


 我ながら大したものだと自画自賛しつつ、うんうんと頷く。ゆるく弧を描いて伸びた黒い角、虎皮を真似た衣装、合わせて用意した具足もよく合っている。着替えた幸村はといえば、「お館様ぁああああ!!」と――これはいつものことなのだが――感激具合を示していた。喜んでいるようなのでこれでいいのだろう。
 さて、と佐助は気を取り直した。幸村に衣装を用意したのは、実のところ彼のためだけではない。主因である同盟相手、石田三成に視線を投げた佐助は抑えていたため息をついた。
 ギラつく眼差しと長い前髪をさて置けば、彼はなかなかの美丈夫である。細身の長身に白銀の髪、健康的とは言いがたいが色白の面差しも悪くはない。豊臣秀吉を失う前から苛烈な質であったらしいが、黙っていれば見てくれは悪くなかった。
 そう、悪くなかったのだ。なかったのに、いや、だからこそか。今の有様はなかなかにきわどい。噴き出せば斬られるかと思い堪えているが、先ほど幸村の衣装を準備するため席を外した際、とりあえず思い切り笑い転げていた。鉄面皮の毛利でさえ目を細めて生ぬるく見ているのだ。忍びの佐助でも、こみ上げる笑いを耐えるのは至難の業である。ちなみに毛利は馬鹿にしているのだろうが、彼にしては珍しいことに、立ち去らず現状を静観していた。巻き込まれずにいるのが実に彼らしい。

「それで、だ。俺たちが『こう』してだな、なんか解決すんのか?」
「するわけないでしょ」

 虎縞の角を頭につけた長曾我部に応えつつ、佐助はぐるりと辺りを見回した。
 鬼が二匹に蝶が一頭。それから、蝶に慰められている銀ぎつねが一匹。事の発端はこの銀ぎつねである。
 起きたら耳と尻尾生えてたとか、俺様意味わかんない。三成だけ晒し者には出来ぬとみんなで耳と尻尾つけることになったのはもっと意味わかんない。何の疑問も持たずノリノリで応じた主の気持ちもわかんない。今自分の頭についてる茶色い耳と尻尾も意味わかんない。
 わかんないわかんないと思っていても、進んでいくのが日常である。おいてけぼりの心を回収できぬままに、佐助はため息を重ねた。



夏の終わり(夏の陣後)


 なぁ旦那。
 猿飛佐助は毎日バカみたいにそう口にする。なぁ旦那、今日のおやつ何にしよっか。大抵がそんな調子で、下らない。いい天気だとか、夕餉の味噌汁の具だとか、心底実のない話ばかりだった。濡れ縁に座り、えんどう豆の筋を取りながら猿飛は言う。なぁ旦那。
 暮れた庭から雀が飛び立ち、風に揺られて楓の葉が落ちる。なぁ旦那。秋だね。えんどう豆は傍らの籠に山盛りになっていた。黙ってそれを取り上げ、厨へ踵を返す。
 なぁ旦那。奥州の秋は、甲斐よりずっと寒いよ。
 背後の声に、応えは帰らない。



時よ止まれ(3前)


「佐助か」
「……報告致します」

 信玄の応えは低く短い。豪快な戦ぶりや臣下への暖かい眼差しを表とするなら、これは裏の顔だ。越後の軍神と一進一退を続けているのは力の拮抗だけではない。策略もまた、戦だ。
 佐助は思う。これこそが武田だと。
 幸村の師は佐助までも抱え、見守る。姿や気配を消していても、先んじて気付く。

「……ふむ。引き続き諜報を行いつつ、大内も見ておくか」
「御意」

 即断即決。これもまた。
 畳に目を落とし、ため息を飲み込んだ。

「幸村はどうしておる」
「お館様が押し付けた書状に埋もれてますよ」

 領地が増え、机仕事が増えた。今日も頭を抱えているはずだ。

「ま、そろそろ慣れてもらわなきゃ困るんですけどね」
「嫌でも、じきに覚えるじゃろう」

 そうなればいいが、すぐには無理だろう。
 ゆっくり。少しずつ。
 それを待つだけの時があればと、祈りながら瞼を閉じた。



便り頼り(九度山時代)


 天下の趨勢、市井の情報。どこを治めるでもなく謹慎する主の下とて、その牙が折れぬ内はいくらでもするべきことはあった。残念ながら給金は食うに困るほどで、任務の半分は金稼ぎだ。天下に名高い真田忍軍が無償奉仕とは情けない。こと、長である佐助は顕著であると自覚していた。
 部下が運んできた情報は、四国の鬼が徳川との誼を深めていること。奥州の竜も依然徳川方にいるつもりであること。それから最近の主の様子と、彼から佐助への文であった。当然ながら未開封、それを手に明かりへ透かしてゆらゆらと振る。

 近隣の民の畑を手伝った。次にこちらへ戻るとき酒を買ってくるように。鍛錬は続けているが張り合いがない、戻ったら付き合うように。

 まぁ、ここまではいいとしよう。あの人も暇なのだ。忍相手に私文書を出すなというのも最早言うまい。そんなことより、結びの文言の方が余程問題だ。

 久しく顔を見ておらぬようにように感じるが息災か。早くお前の顔を見て話をしたい。いつもお前の身を案じている。戻る日を楽しみにしている。

 ため息が出た。これではまるで、と苦い顔で佐助は文を蝋燭の上に翳す。万に一つも漏れてはいけない。忍如きを寵愛するとは頂けない。真田の名に泥を塗る行為だ。
 燃した下は湯呑みで、灰は元の紙よりずっと小さくなって白湯に浮かんでいた。ゆらゆらと振り、濁り混ざったそれをグイと飲み干す。

「……まっずい」

 更に白湯を注ぎ足し、すっかり腹の底に沈めた。当分、腹は空かないだろう。





(2011.05.08./2012.01.03./2012.02.12.)