わずらい来たりて



 業だ、病だとせせら笑った。嘲笑われた。
 バケモノを好んで見に来て囃し立てるとは、まこと奇なもの、稀なもの。まったく愉快よ、ユカイ。
 のどを震わせ笑いながら話すわれの言の葉を皆まで聞かず、三成は足音高くどこぞへと去っていった。

 最後までわれのそば近くにいたあれも、とうとうか。
 途切れた笑いの最後が、は、とさざめくように揺れた。室はいよいよ静かだった。だが、それも束の間。日が落ちるより早く、再び板間を踏み抜くような足音が近づいてきた。見ずとも分かる。三成だ。
 畳に座したまま、驚き、まなこを見開くわれを見下ろした三成は、手にした刀を打ち捨てて片膝をついた。
 深雪のように白き衣も、淡き紫紺の袴も、白皙のかんばせも白銀の御髪も何もかも――そう、討ち捨てた刀の刀身も、鞘も、初陣で竹中殿に頂戴した飾り紐も、三成の全てが血に染まっていた。

「わずらいは失せたか、刑部」

 滴る血水を拭いもせず、あるいは何も変事ないかのように三成は言う。

「まだか。まだ貴様をわずらわせるものがあるのか」

 爛々と輝く瞳の奥に、狂気など一欠けらも見当たらない。三成は三成のままだ。何一つ変わらぬ。
 爛れた臓腑が震えて痛む。患いは失せない。業の病は永劫消えうせることなどない。そして煩いも、たったいま増えた。生まれた。

「どうした刑部、こたえろ」

 三成は言う。
 こたえろ。
 いつまでも呆けているわれの手を掴み、けれど握りつぶさぬよう触れる。これに。この身に。

「――刑部?」

 どうしてこたえられようか。最も遠く、最も近きこの男にこたえるなぞ、この身に出来うる訳がない。身の奥深くに蠢き這いずる病の影に、じくりじくりと身が軋む。業だ。病だ。バケモノだ。ただ一人の友とて遠ざけ守ることすら出来ぬ。凡そ人には程遠い。

 刑部、刑部と繰り返す三成の手から逃れ、ふらりと立ち上がった。
 やれ、三成よ。畳が汚れたぞ。

「変えの用意はさせる。今宵は別の室へ移れ」

 そうか、そうか。なればよい、ヨイ。
 ようやく刀を拾い、血を拭い、そうして常変わりない三成の背をじつと見つめていた。ああ、まったく、これは患いに相違ない。





(2011.06.04.)