帰路



 腕組みをしてフロントガラスの先を眺める三成は、険しい表情を崩さない。
 薄く陰り始めた夕刻、窓の外には同じように帰路を辿る車が大小幾つも連なり列をなしていた。渋滞につかまり身動きが取れなくなって、かれこれ三十分が経つ。一泊二日の小旅行を終え、一路大阪へと戻る車中のことであった。

「やれ、三成よ。そうむくれるな」
「むくれてなどいない」

 苛々と渋滞の先頭を睨む三成は、視線を寄越すこともなく吐き捨てる。元より気の長いたちではない。渋滞があると電光掲示板の表示を見つけたときには、既に鋭い眼差しに険が宿っていた。

 観光を終え、車を出す前から――それどころか、旅行の算段を立てていた時分から、吉継は日曜の夜は混むだろうと話していた。渋滞を見込んで早めに離れるか、その時間帯に被るようなら事前に飲み物を買うなり用を足すなりしておかなくては、と。三成もそれに相づちを返していたはずだ。
 忘れたわけではあるまい。事前の予測があっても苛立たずにはいられない、三成はそういう男だった。

「この様子ならば直に動くであろ。日の変わるより前に帰り着けば上々よ」
「言われなくとも分かっている」

 徐々に陽は落ち、空は夕暮れより宵の口へ足先を踏み入れている。なだらかに色付く空を眺めていた吉継は、視線を運転席へと差し向けた。
 ハンドルを取る三成はクラッチに足を掛けハンドルに手を掛けつつ、常通り不機嫌を隠すことなく口を閉ざしている。玲瓏とした横顔は、明かりの落ちた車内では陰を重ね憂いを帯びて見えた。

 秀吉より譲り受けた、古めかしくも重厚な愛車・天君を駆って訪れた旅先で、吉継は一度たりとも自身で車椅子を乗り降りすることはなかった。助手席に乗り移ることぐらい、足が云うことを利かなくなって久しい吉継には容易いことだ。
 けれどこの旅行中、三成は必ず吉継を抱き上げてシートへ降ろし、車椅子を畳んで乗せ、運転席へと回った。彼にとってそうするのが当然らしく、当初、二、三度遠慮した吉継に眉を釣り上げていたくらいだ。
 そもそも、観光地に限らず融通の効かぬ車椅子は止め、杖で行くべきかと考えていた吉継に「車椅子を使え」と行ってきたのは三成だった。そのときから分かっていたことではあったが、おかげで事前に宿の手配などをしただけで、すっかり上げ膳据え膳の行程である。
 三成が押すに任せて見た景色の様々が、今も瞼を閉じれば目に浮かぶ。まったく、上々の旅路であった。
 旅行の最中に関しては三成も同じであろうが、しかしそれとこれとは別口か。万端たる道行きを望む三成だ。今のこの状況が予測したことであったとして、仕方なしと受け入れるはずがなかった。
 浮かんだあくびをかみ殺し、飽きず白皙の面を見ていれば、ちらと三成の目がこちらに向けられた。

「微睡むならば休め」
「なに、宵を負ったぬしの面構えに見惚れておっただけよ」
「……言っていろ」
「ヒヒッ」

 鋭利な視線は再び渋滞の先を睨み据え、筋張った手はハンドルを強く握る。白銀の髪からのぞく耳に目を細めた吉継の笑い声が、夜に留まる車内に続いていた。





(2011.03.14.)